鑑賞日記についての諸注意
先日からDVDの鑑賞日記を書いているが、こういう物を書くと避けて通れないのが「もっとこうしたら良いのに」という感想だ。
いや、わかっている。書かなければ良いのだ。書けば書くだけ恥さらしなのは分かっている。だけど書かずにはいられないのだ。不満だから?いいや違う。本当に不満でつまらないと思った作品には感想など書かない。では何故か。人に言われる前に自分で言おう。自分の醜い嫉妬心のためだ。ああ言っちゃった。

私も曲がりなりにもデザイナーという仕事についている以上、「0から作り上げる」というのがどれだけ困難な作業かわかっている。そして、「出来上がった物にケチを付けるだけなら誰にでも出来る」ということも。それでも言ってしまうのは、自分が「0から作り上げられないからだ」そもそも作り上げる事が出来る人は、人の事をごちゃごちゃ言う前に自分で作る。当たり前か。

第一、だ。私は芝居をDVDで見て感想を書いている。これがそもそもの間違いで、基本的に芝居は劇場で見て楽しめるように作られている。決して、部屋で一人でカメラワークに振り回されてみるようなものではないのだ。
芝居には芝居の、映像には映像の「文法」というものがある。そこから逸脱した物が、必ずしも演出家や役者や舞台監督の意図したものとリンクするとは限らないのである。そこからしてああだこうだ言うのは筋違いなのである。

それでも書いてしまう理由は、先ほど述べた通りである。
通りであるがしかし、少し綺麗な言い方もさせてほしい。
それは「夢想」だ。あ、いや「妄想」でもかまいません。
しかし、自分もそれを作る事に関わっているとう夢想を一瞬でも味わいたい。
それが、分かっていても恥知らずでも、あれこれ言っちゃう心理なのではないだろうか。

恥さらしなのに変わりはないですけどね。

というわけで、もし関係者が何かの間違いでこの場末ブログの感想を見ても、あんまり気を悪くしないでいただきたい。作り上げ、形にしているというだけですごい事だと思うから。デザイナーの片隅に籍を置く人間が、負け惜しみを言っていると理解していただければ幸いです。


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以下追記。あるいは蛇足。

「文法」についてもう少し詳しく書こう。
この世の中は、一定の法則に基づいて機能しているわけではない、ということもある。
つまりはどういうことかというと、例えば英語があったり日本語があったり、同じ物を表現していても、表現する方法が変われば全く理解出来ないという事もある、ということだ。

具体的に書こう。
例えば貴方がフランス語を知らないとする。
では「バトー」はなんという意味か分かるだろうか。

答えは「船」だ。貴方は当然「船を知っている」はずである。にもかかわらず、それを理解する事が出来ない。
逆に言えば、その言葉を知っていれば理解も可能という事だ。

芝居や映画、小説、漫画…色んな物にそれ特有の文法がある。
それを知らなくてもある程度は楽しめるが、ほとんどは知らなくても楽しめる。でも知っていればもっと楽しめるし、そもそもその文法を知らないと理解すら出来ないものもある。
(そういえば、少女漫画は外国人や男性では読めない人もいるそうです。コマが時間軸で配置されていないからとか…。これも、私たちが自動的に文法を理解しているから読めるということでしょう)

お芝居や物語の感想を、ぼろくそにけなす人がいるとする。
果たしてそれは、作品がつまらないからなのか?それとも、本人が文法を理解していないからなのか?
私は断然後者の理由によるものだと思う。しかし、本人は絶対にそれを認めないし、そもそも気付きもしない。

先ほどの例えで言うなら、どんなに素晴らしいスピーチをフランス語で聴かされても、フランス語を理解しない人間からすれば意味不明の、人によっては雑音でしかない、ということだ。
では、「あれは意味不明だから駄作だ」という人を見てなんと思うだろう。

その人の勉強不足を笑うだけだ。

「この作品は駄作だ!」と言う人はそう切り捨てる前に、自分の好み、主義主張から一歩引いて、「この作品の面白いところはどこか」を探ってみる事をおすすめする。
誰かが情熱を注いで、誰かを魅了した作品なのだ。自分が気付いていないだけかもしれない。それはとてももったいない事だと思うから。


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何故私がそういう考えに至ったかというと、昔『マグノリア』という作品を見てものすごくつまらない、時間の無駄だったと思ったからだ。
しかし、私の尊敬する人があれは面白い、と言っていたのを聞いて、改めて人との感性の違いを痛感した。だって本当につまらなかったんだもん(笑)。
でも、「つまらない」と感じた理由は、私の知らない情報があって、それを知らないからつまらないと感じたのではないか。

その後、『パルムの樹』という作品を見て、さっぱり意味が分からなかったんですが、後になって調べてみると、これは1クール(当時でいえば一年もの)のアニメの予定が、2時間に短縮されてしまったのだそうです。
そこで、初見から10年経って再び見てみたんですが、やっぱりさっぱり分からない。
そこからさらに関連記事を調べて、世界観を知り、登場人物たちの背景を知り、小説版を読み込み、もう一度見てみました。
最後の言葉の意味を知った時、愕然とし、感動し、震えました。
これこそが、物語を読む、知る、醍醐味だと痛感したのです。

何も全ての物語にそこまでの労力を注ぎ込めとは言いません。つまらないと思ったらそのままでも構わない。
けれど、それを口に出したり世間に公表するのは、自分の無知や感性の貧弱さ、勉強不足をひけらかしてるのと同じ事で、すごくみっともないですよ、と言いたい。

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by choyushi | 2015-02-06 16:03 | 作品鑑賞


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