劇場版パトレイバー三部作
※ネタバレの内容を含みます。ご注意ください。
鑑賞日記についての諸注意

劇場版になったからといって「三部作」とひとくくりにしていいものか、という気持ちはあるが、先日ひょんなことから3作を立て続けに見た経緯もあり、そう呼ぶ事にする。
そして、3作立て続けに見たから感じたであろう感想も書いていく事にする。

とはいえ、1、2に関して語る事はない。
この作品は当時(そして今でも)最高傑作の作品であり、今更私が何か言うべき事はなにもないからだ。多くの人がこの作品に対して感想、考察を上げており、私はそれ以上の事を取り上げる自信はない。

で、ファンからも賛否両論(どちらかというと否)ある3作目だ。
地味。とにかく地味。1作目も(TV版やOVA版に比べたら)地味だが、2作目はさらに地味さに拍車がかかり、そして3作目に至っては戦闘シーンが俯瞰という地味に輪をかけた演出のおかげで、さらに地味になっている。今回1から順に見ていったおかげで、なんとか鑑賞には耐えたが、本当にこれをパトレイバーを期待して劇場に行った人は辛かった事だろう。

さて、先ほど「賛否両論(どちらかというと否)」と書いたが、決してこれはこの作品が駄作だと言いたいわけではない。
脚本、演出、映像、そのどれをとっても一流の出来であったと思う。漫画が少年誌に載っていたわりにはいささか大人じみた感はあるが、それはまぁ前2作(以後、押井作品とする)の時からそうだった。
にも関わらず、押井作品にあってこの作品にないものがある。

それは 面白さ だ。

結論から先に書こう、なぜ面白さがないのか。それは作った人間が無能だからではない。能力は関係ない。
関係あるのは心だ。といっても、押井作品に心がこもってるというわけではない。むしろ逆だ。
3の製作陣はこの作品を愛している。それが作品をダメにした原因だ。


愛、思い入れ、情熱、そういったものが作品をダメにする。
それはもちろんこのスタッフ陣だけにいえることではない。押井守だって、自分が好きに作った作品は大体佳作、もしくは駄作だ。そしてそれは、クリエイターなら誰にでもそういうところがある。歯止めのかからない作品はアートになる。それは一般受けせず、精神世界の中に埋没してしまう。簡単に言えば、「まぁこういうのもアリだよね」という肯定的意見以上のものは得られない、ということだ。

現に3の評価として「良い」という人の大半の意見は「映画としてはあり」とか「こういうのもアニメ映画には必要」といった消極的なものばかりだった。
押井作品には「押井ばりの説教臭さ」とか「押井守の戦争論」や「押井が好きな難解さ」が多分にあったにもかかわらず、「面白さ」は失われていなかった。

何故か?
私はその理由を、「多くのアニメファンが押井守が嫌いな理由」にこそあると思っている。


押井守と聞いて「あの人の作品面白いよね!」と言う人と「ああ、押井守ね…」と顔を引きつらせる人の二種類がいる(作品がつまらない、とは言わない)。
顔を引きつらせる理由は様々だろうが、そういう人たちの苦言を一言で言うなら
「あの人、大人げないよ」ってことに集約される気がする。
すごいわかる。私もそう思う。
でもある意味「すごく“大人”だな」とも思う。この矛盾をどう説明しようか。

押井守は、「働く大人」なんだろう。しかし、普通の働く大人と違う所は、言いたい事を行っちゃう事。これは日本のサラリーマンでは考えられない。言いたいことを言わないから不正労働でも文句は言えないし、サービス残業だってしちゃうし、身体を壊して自殺する。それが日本のサラリーマン。なのに、このおじさんは言いたい事をズバズバ言っちゃう。そりゃあ反感も買うわ。

多くの人の認識において、監督とは作る人、クリエイターに属すると思われる。しかし、多くのクリエイターが「職人」なのに対し、押井守はその対極の「仕事人」(この名称が正しいかどうかは分からない)であると思う。
職人はひたすら自分の仕事に邁進する。そのための努力は惜しまない。
しかし押井守はどうかというと、自分のしたい事のために「この仕事はつなぎ」と冷静に切り捨てる事が出来る。そりゃあ、その作品を愛してる人間からすれば反感の一つも持ちたくなる。

そんな(傍目には)いい加減なスタンスでありながら、作る作品は面白い。だからこそ反感を買うんだろう。面白からそれは認める、でも本人は認めたくない。だから作品が面白くないとは言わないが、代わりに顔が引きつってしまう。
私としては、出来上がった作品が良ければ作った人間の心理なんてどうでも良いと思うが…ま、「嗜好品」だからそうもいかないんだろう。
だから、押井守を面白い!と言う人は単純にその映画そのものを楽しんでいる人、顔が引きつっちゃう人は、その作品を「愛してる人」なんだろう。


さて、先ほど私は3の脚本も演出もよかったが…と書いたが、どう考えてもダメだったところがある。
これは「1、2の面白さ」にもつながると思うが、「リアルすぎる」ところである。
パトレイバーは、もともと日常生活に巨大ロボットが出たらどうなるか、というシミュレーションから発足したプロジェクトなので、日常をリアルに描くのは正しい。
しかし、パトレイバーの世界はあくまでも近未来のはずだ。
よく言われる「携帯がない」とかいうのは些末なことだ。これはもう、当時なかったものを予測して出すのはどうしたって限界がある。問題はインターフェースだ。

3で、パソコンにダウンロード画面が登場するシーンがある。思いっきり当時のパソコン画面とそっくりだ。
翻って1、2はどうか。まだCGがない時代、頑張ってそれっぽい、いわゆる「SFっぽい画面」を登場させていた。2のしのぶ隊長の車での会話なんかは印象的だ。フロントガラスに画面が表示されて、シゲさんと会話してた。
当時も、今も、あんな装置はない。しかし、全く絵空事かと言われれば「ありそう」な装置。その当時考えうるぎりぎりの「近未来SF」を演出していた。

たとえ画面が地味でも、内容が渋くても、そういったインターフェースが視聴者にワクワク感を、面白さと提供すると思う。
見てる人間が「おおっ」と思う瞬間。それが「面白さ」に繋がるんではないか。
とにかく私はあのダウンロード画面を見たとき心底「がっかり」したのだ。

***************************************
[PR]
by choyushi | 2015-02-02 17:06 | 作品鑑賞


<< 鑑賞日記についての諸注意 土田英生セレクション vol.... >>