ゲームマーケット2016 in神戸
ゲームマーケットが地元神戸で開催されるというので、
ゲームにあんまり興味のない旦那を伴って行ってきました。

開場から1時間遅れで入りましたが、まぁすごい人。ゲーム人口って多いんだなぁ。
向こうで知り合いに会えるかと思いましたが、
あの人ごみの中でたった一人に会うのなんてほぼ不可能ですね。

会場の片側の壁が解放されていて、そこが食事スペースになっていました。
焼きそばとかたこ焼きなんかのド定番の他に、ワッフルやハンバーガーなんかも売ってました。
温かい食べ物が食べられるのはいいけど、ちょっとした食べ物を持参してもよかったかもしれません。

あと、圧倒的に男性が多いと思っていたんですが、
割と女性の姿もたくさん見かけました。
それも彼氏に付いてきたとかじゃなくて、女性同士で来たりとか。

せっかくなんでリプレイ書いてる同人誌でも買おうかと思ったんですが、
最近はあまりそういうの書く人いないんでしょうかね。
かろうじてクトゥルフのリプレイ&シナリオと
初心者にオススメのボードゲームを紹介してる冊子、
それと同人ゲームブックを購入しました。

あと、イエサブでクトゥルフのダイスゲームも。
旦那に「クトゥルフ好きやなぁ」と言われたんですが、
特別クトゥルフ好きというわけではなく、昔からコンスタンスに
ファンや新作を生み出してる作品が他にないってのが正直なところです。

ちなみに、旦那は興味ないのに楽しかったのか?というと、
「昔ここでガレキのイベントやってたの遊びにいったの思い出した」
とすごく嬉しそうでした。そういえば今回のイベントでも戦車のガレキ買ってた。
まぁ……楽しめたなら何より。(あんまり一般的な楽しみ方じゃないけど)

ところでこのゲームマーケット、当然買い物の他にゲームの体験もできます。
私もやってみたかったけど、短時間でルールを理解する自信がなくて……。
まぁ今回はゲームマーケットの雰囲気を楽しむってことで。
来年もまた同じところであるみたいなんで今度はもっと計画立てて行ってみようかな。

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# by choyushi | 2016-02-22 15:02 | GAME! | Comments(0)
SC【4日目】
この日は雨でした。
しかし今行っとかないと今月の予定を考えると他に行ける日がないので、
仕事帰りに旦那と落ち合いスポーツクラブへ。

荷物は休みだった旦那に持ってきてもらったので快適無敵。
施設へも、大体屋根のある所を通ったのであまり濡れませんでした。
行き道は…

実は上履きを買ってきてもらったんですが、
この日は旦那も旦那があまり芳しくないということなので、二人とも水中ウォーキングのみ。
買ってもらった靴も、若干小さいので少し不安です…
今度試してみて、無理だと思ったら買い直します。

この日はいつもより少し長めに歩いてみました。
手のひらを前に開いて抵抗を増やし、足も斜めに蹴り上げるように。
慣れもあると思いますが、ちょっと前より上達しました。
あと水がそんなに怖くなくなった。とはいえ、潜るのはまだまだ怖いですけど。

いつも通り、風呂に入って終了。やっぱり耳かき持ってきておかないとな〜と言いながら帰宅。
この時点で雨は小振りだったんですが、ちょっと遅くなっても良いということだったので
神戸駅前のバーに行ってきました。ぜひ旦那を連れて行きたかったんです。

1杯だけで退散しましたが、帰りは結構な大雨になってました…。
当然、足下ぐちょぐちょ。
せっかくお風呂に入ったけど、これはもうどうしようもないということで
帰宅後、もう一度入浴。お風呂っていいね…。

次回は休みの日に行くので、久しぶりに普通のウォーキングもしてこようかな。

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# by choyushi | 2016-02-16 14:38 | トレーニング | Comments(0)
物語の仕組みのためならば倫理を無視しても良い、ということはない
忘れられない芝居がある。悪い意味で。
旦那と始めて行った芝居。三谷幸喜の『90ミニッツ』。
三谷幸喜の映画は好きだ。笑える、けど笑だけじゃなく、考えさせられるお話。ホロリもあるよ。
なので期待して行った。安くないチケット代をはたいて、ラーメンズやシティボーイズが好きな友人も誘って。
結果。
ひどいお芝居だった。
役者や演技は良かった。天井からしたたる水が子供の命を表現している演出も良かった。
やはり悪いのは台本だ。
そもそも、「90分以内に手術をすれば助かる」と、90分まるまる議論すること自体無理があると思う。それがこの芝居の根幹なのだから、そこを否定してはいけないのかもしれない。それを分かった上で(横に置いといて)楽しむべきなのかもしれない。それが分かってない人間は見る価値がないのかもしれない。
でも無理。子供の体はダメージを受けていて、そのダメージは刻一刻と子供の体を蝕んでいってる。物語のラスト、ようやく手術が始まるが、子供の脳にダメージがいっていたらどうするのだろう?と考えると、能天気に「よかったね」という気になれない。
幸いなのは、一緒にいった友人も同じ感想だったことだ。

しかしネットで調べてみると、ブログでは絶賛の嵐だった。
まぁ、面白くないと思った作品をわざわざレビューに書かない人も多いだろうし、それは仕方のないことかもしれない。
もしかしたら、絶賛している人のブログを読めば、私にもあの作品の魅力が分かるのかもしれない。
期待して色々読み込んでみたが、無駄だった。
どれも私が納得出来るような内容のものはなかった。
具体的な内容もなく「スリリングだった」とか「自分的には面白かった」というだけ。
中には「面白いとか面白くないとか関係なく、ただ観て良かった」という人もいた。こうなってくるともはや意味が分からない。
まぁ、「いい」と思うものに余計な言葉を加えたくないという気持ちも分かる。この人たちは本当に面白かったんだろう。よかったね。この中に「分かってるふりしてる自分かっこいい」と思ってる人がいないことを祈る。

さきほど、ブログでは賞賛の嵐と書いたが、当然私と同じようなことが気になった人も中にはいた。
http://moonshiny.exblog.jp/17549608/
http://www.kangekiroku.com/2011/12/parco90parco-6c.html
http://ponta.moe-nifty.com/blog/2011/12/90-53c0.html
私にはむしろこっちの人たちの意見の方が首肯できる。

もしかしたら、これはシリアスな芝居だったのかもしれない。
その上で、人間のエゴとかそういうものを暴きだそうとしたのかもしれない。
しかし、それなら全てのギャグ(それらしい演出)はいっさい排除すべきだった。
それが出来なかった時点で、三谷幸喜にシリアスな演出は無理だと露呈したような作品だ。

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# by choyushi | 2016-01-29 11:38 | 作品鑑賞 | Comments(0)
SC【3日目】
ミッション:会社帰りにスポーツクラブをやってみました。

荷物はほとんど旦那に持っていってもらったので、重さは大丈夫…
でも一応バスタオルはタオルにするなど、軽量化は図っておいた方がいいでしょう。


メニューは前回と大体同じ、水中歩行5セット、バタ足、水中歩行5セット。
水中歩行はこれからどんどん体の負荷を上げていった方が良いんでしょうね。
まぁ、まだ無理のない範囲で。

バタ足の時、プールに顔を付けてみましたが、思った以上に怖かったです。
旦那からは「水中眼鏡を買ってからやった方が良い」と言われましたが。
カルキとかで目が痛くなるらしい。この日はそんなにダメージを負いませんでした。


今回はハンズで買った、巨大シュシュのような
頭用のタオルを持っていったんですが、
これは思った以上に重宝しました。
湯船に入るのにも楽だし、風呂上がりも時短になる。

あとは、荷物入れに櫛を入れておくべきだったな。


帰り道、へとへとになるかと思ったけど
全然大丈夫でした。運動が足りない?

早くシューズを買って、ポートタワーを眺めながら体動かしたいですね。
夜の神戸港も素敵なので。

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# by choyushi | 2016-01-20 14:15 | トレーニング | Comments(0)
SC【2日目】
前回から既に1ヶ月以上立ってる訳ですが。
やめたわけじゃないんだからねっ!
年末はさすがに忙しくて…というか、12月頭が死ぬ程忙しかった。年末進行め…
おかげで今月は1回しか行けません。まぁ、1回だけなら来月に繰り越しが出来るので想定内。1月は3回行く予定です。仕事帰りにスポーツクラブ寄って帰る、というのをやってみたかったので(どれくらい疲れるのかとかシミュレートしてみたかった)望むところです。

さて、久しぶりの今回は水泳のみ。なぜならシューズがないから。
次回までには柔らかくて持ち運び便利な軽いシューズを買っておきたいですね。ちょっとでもウォーミングアップしてから水泳に挑まないと、今回も若干左足を攣りかけました。

水泳でやった事は、前回と同じ。とにかく基礎体力を付けるべく、ひたすら歩く歩く歩く。
5往復を2回やって、合計10往復しました。

水中を歩いていると、なんだか私にも泳げるような気になって来たので(幻想)ビート板を持ってバタ足で泳いでみました。
うん、幻想だった!!
もう、すぐに太股が痛くなる。半分くらいの所で体力が尽きる。ビックリするくらい急激にHPのゲージがギューンと下がっていく。
若い時って、本当に若いってだけで体力あるもんなんだなぁ…と思いました。曲がりなりにも一往復は出来ましたもん。

最後にジャグジーで身体を休めたら、いつも通りお風呂に使って癒され、終了。
全部で1時間くらいですね。

あと、前回も書いたけど櫛、綿棒、目薬は持って行った方が良い。綿棒はともかく、他の物はいつもの薬セットを持ってれば事足りるので、財布、携帯、薬セットは必須で持ってた方が良いかも。

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# by choyushi | 2015-12-31 10:47 | トレーニング | Comments(0)
SC【1日目】
今日からジム通いを始めることになりました。
子供の頃から大の運動嫌いの私が果たして続くのか!?
乞うご期待、といったところ。

まぁ、月2回だし、一人でやるんじゃないからそこそこ続くとは思うんですけどね。

ジム、には昔から興味があったんです。
体は鍛えたい。けれども運動は苦手。
「ジムにお金を払っていたら、もったいないからちゃんと通うんでは?」とは思いましたが、
「そんなことはない。やらない人間は「もったいない」と思っても結局やらない」と
他人から言われ、私自身も「そうだろうな」と思っていたので、今まで手を出さなかったのです。

ではなぜ今ジムなのか?というと、
発端は旦那の背中の痛み。

整形外科の先生によると、筋肉の使いすぎによる
筋肉の緊張から来ているそうで、大きな病気ではないそうですが
1年くらい痛みが続いているので「根本的な解決方法はありませんか?」と聞いた所
「腹筋と背筋を鍛えるのがいい。水泳なんか良いんだけど」と言われました。

腹筋と背筋…そういえばその2つは、私も整体の先生から
鍛えるようにずっと前から言われている部位でした。
ずっと座りっぱなしの姿勢のまま、1日じゅう働いている私にとって
腰にかかるダメージとそれにより発症する病気(ヘルニア)などは
懸念材料でした。

旦那に筋トレをすすめるなら…私もやるべきでは?

旦那は昔水泳をしていたことがあるし、現在も肉体系の仕事に就いているので
体を鍛えることは苦ではないよう。昔スポーツジムに通っていた経験もある。
問題は「お金が勿体無い」だそうですが、そこは生活費のほとんどを出してもらっている私が
全部出すから!ということで、二人で始めることにしました。

筋トレだけなら家でやっても十分なのはわかってる。
けれども、一人じゃ絶対続かないんですよね。それが運動嫌いが運動嫌いな所以。
旦那と一緒なら、いやぶっちゃけ、私のほうが「監視してもらえる」なら
そこそこ続くかも…

というわけで、とりあえず半年を目処に初めてみることにしました。

幸い、家の近くにコナミスポーツクラブがあるので、そちらへ入会。
トレーニングマシンやエクササイズのプログラムもありますが、
私たちは水泳を中心に始めることに。
私の目下の目標は、「水に慣れること!!!」

そう、私は水が大の苦手。
お風呂なら大好きですが、冷たい水に肩まで浸かると体が固まってしょうがありません。
なので、しばらくは水中ウォーキングを初めて
水に慣れることと、基礎体力を付けることに専念することにします。



初日はレクリエーションがあったのですが、その時間まで
ウォーキングマシンを10分ほど使わせてもらいました。

歩くだけでなく、前の画面を色々操作すると
日本一周旅行ができたり(歩く距離に合わせて観光地巡りが出来る。
もちろん、本当の歩行距離ではない)、マルバツゲームができたりして
飽きないような工夫がされてるんだなぁと関心しました。

私も東京の表参道を旅してみたりしましたが、
最後の画面に「もうちょっとペースを上げましょう」と言われて
大きなお世話だと思いました(笑)。

レクリエーションで主なマシンの使い方を聞いた後は、
いよいよプールへ。
久しぶりのプールはやっぱり怖くて、旦那に「そんなに怖いの!?」
とびっくりされました。私もびっくりするくらい体がガチガチです。

とりあえずウォーキングレーンを6往復しましたが、
体の力を抜くのに精一杯という感じ。
まっすぐ進めないし、体は思うように動かないし、たしかにコレはいい運動です。

最後にジャグジーに浸かり体をほぐした後は浴室へ。
しかし、ここからが大変だった。水泳の後だから着替えはないし、
髪もボタボタのままで更衣室に行く訳にはいかないし…
結局さっと体を拭いて慌ててロッカーまで行き着替えを取って引き返し、浴槽へ。
やっぱり暖かいお湯は和みます。
体を洗い髪を洗い、水着を脱水したら髪を乾かして着替えて終了。

なんか、最後のが一番疲れた気がします。

いろいろ課題は見えてきましたが、まずは持っていく道具ですね。
まずは汗ふきタオル。そして飲み物。水を容器に入れても良いそうなので
からのペットボトルでも大丈夫っぽいですが。
音楽を聞くならiPod。
プールに行く時にすでに着替えを持っていくこと、
そして化粧水や櫛も持って行っておいたほうがいいこと。
それらを入れるバッグも必要。本当、旦那の用意してくれていた
大小の入れ物には救われました。

次回は来月の頭…なんですが、早くも仕事の関係で行けなさそう…
まぁ、その時は年末にまとめていくか、1回だけなら来月に回せるそうなので
それでも良いかな。

初めてやってみた感想としては、体を動かすこと自体は楽しい。
それもコレも旦那が一緒にいてくれるからですが、
無理なく、嫌だなと思わない程度に頑張っていこうと思います。

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# by choyushi | 2015-11-22 23:19 | トレーニング | Comments(0)
人がモンスターになる日
テロリストとも話し合いをするべきだという人がいる。
まぁ、現実的ではないと思う。

しかし、では相手がどういう人間で、こういう経緯でテロリストという
モンスターになったのか、知らなくても良いという事にはならないと思う。

テロリストは残虐非道で人を人とも思わない連中だ。
しかしそんな輩でも「人間」である事には変わりない。
信じたくない人は信じようとしないが、彼らは「化け物」でも「畜生」でもなく
「人間」なのだ。

「人間」でさえなければ、簡単に「始末」してお仕舞いに出来る。
だがそれは、かつてスペインがペルシャを侵略する時に
「彼らは高度な知性を持たない野蛮な首狩族なので、我々が人間らしい生活を教えてやらなければならない」と上から目線で決めつけ、蹂躙したのを思い出させる。

彼らは「人間」なのだ。
認めたくなくても、そこから認めない限り本当の終結は見えてこないと思う。

人間がモンスターに変わる経緯を分かりやすく紹介していたので引用する。

抑圧された怒り。これはストレス研究の手法の1つである、ナラティブ・スタディから明らかにされた怒りである。ナラティブ・スタディでは、自分に起きたことや、そのときの気持ちを、ありのままに語ってもらうことで、数字でははかることのできない、複雑な人間の感情を知ることができる。
 抑圧された怒りは、慢性的なストレスにさらされることから生まれる情動の1つだ。どんなにがんばったところで、抜け出すことができない社会。どんなに能力を発揮したところで、国籍、宗教、肌の色、学歴、性別などの属性が壁となり、認めてもらえない社会。
 そんな社会構造に身を置く人たちは、常に慢性的なストレスの雨にさらされ、不安、恐怖、絶望、悲しみなどのネガティブな感情に疲弊する。
 ところが、心の地下にある抑圧された怒りが表面化するまで、本人ですら、それが怒りであることに気付かない。
 なので、ある人は怒る前に、生きる力を失い無気力になり、ある人は怒る前に、生きる意味を失い死を選ぶ。また、ある人は自分のネガティブな感情を、他者に悟られないように無理をして振る舞う。
 そして、この抑圧された怒りを秘めた人々が群衆になったとき、怒りのマグマが一気に爆発する。暴力的で、残虐な行為として発散されるのだ。
 すると、怒りが暴力的な快感になり、ネガティブな生きる力が増幅される。暴力的な快感とか、ネガティブな生きる力だなんて妙な表現だが、暴力は人間を興奮させ、「オレは生きてるんだ!」と快感をもたらすのである。
 「生きてる!」躍動感と、「怒りの発散」の爽快感にハイジャックされた心には、道徳心や倫理観のかけらもない。世間の常識や理屈が全く通じなくなり、自らを正当化するための、頑固で勝手で暴力的な思考が、行動を支配する。
 残虐で、卑劣な行為を平然と行うイスラム国の勢力が拡大した背景にも、この“抑圧された怒り”があるとする専門家は少なくない。テロや政治には、私はど素人だ。だが、抑圧された怒りを抱いている人たちにとって、モンスターたちが発するメッセージは、極めて魅力的だったに違いない。ここにいけば、この人たちを信じれば、この不愉快な感情と離れられる――。人間誰もが持ち合わせている弱さに、モンスターたちはつけ込んだ。
 もちろん彼らがやっていることは極めて卑劣で、残虐で、決して許すことなどできない。だが、社会から排除された人たちの“抑圧された怒り”の存在を知っておく必要はあると思う。なぜ、その怒りが生まれたのか? いかなる社会構造が、その怒りのタネになったか? ということをだ。
 怒りの芽を摘み取らない限り、悲劇は繰り返される。そして、何よりも私たち自身も、怒りのタネをまく側に決してなってはならない。

テロリストに限らず、人を殺す事で何かを成し遂げたつもりになる類の人間はいる。
もちろん、そんなのは幻想、妄想、それ以前の問題なのだが、しかしどうしてそう思い込んでしまうのか? 私には長年疑問だったが、これを読んでしっくりした。

抑制された陰鬱な生がまずあり、それが発散された姿が殺人なのだ。
怒りによって放出されたアドレナリンが快楽を感じさせるのだろう。
きわめて不健全な快楽の感じ方だが、それを言ったところで麻薬を打って快楽を得ている人間に「そんな不健康な快楽はだめだ」と諭すようなもので、無意味だろう。彼らにはそんな言葉より、実際に感じている快楽の方が現実なのだから。
---------
殺された人の親類、知人、友人は犯人に対して堪えられない憎しみを抱いているだろう。人としてその感情は正しい。しかし、私は幸いにしてそうではない。そういう人間だからこそ感情を律して「真の勝利」に付いて考える事が出来ると思う。いや、しなければならない。

では、テロに対する「真の勝利」とは何か?

今日、有能なリーダーを育てるだけではまったくもって不十分であると改めて断言できる。それどころか、リーダーたちに自信と手段を与え、彼らが自分の価値観を主張し、自分と似たもの同士だけで共有する目標に向かって突き進むようになったら、事態はますます悪化するであろう。そうではなく、我々に今必要なのは、自分たちの価値観と目標が本当に正しいのかを改めて問い直し、自分とは違う人々の価値観と目標を理解しようとするゆとりである。リーダーであろうとなかろうと、すべての人にそのゆとりが必要である。
 教育の最終的な目的は、文明社会を守り育てることだ。それは、例え地域に深く根ざした文化だろうと世界中に広がった文化だろうと、ある特定の集団の文化だけを守り、喧伝していくこととは違う。それは民族主義を、しかも偽りの民族主義を育てる道だ。
 文明社会を育成するというのは、同じ集団の中にも異なる集団の間にも存在する本質的な違いを認めるための好奇心と、その違いを尊重しようとする決意を我々のなかに育てることだ。そのために必要なのはより有能なリーダーではなく、より人間味のあるリーダーである。外部と対立を起こすよりも、心の中に対立を抱え込んで悩むようなリーダーだ。そのようなリーダーは、周りの空気に流されるほうが安全に思える時でも、自分の心の声に従い、また他人が彼ら自身の心の声を見つける手助けをする。
 民族グループを率いる優れたリーダーはすでに大勢いる。我々に今必要なのは、民族ではなく文明社会のためのリーダーを増やすことだ。
 そう考えると、我々が本当に必要としているのは、より強い指導力(リーダーシップ)というよりも、より強い連帯感(フェローシップ)である。連帯感とはすなわち、例え共通の歴史・経験・未来を持たない人々とであっても、同じ困難を共に分かち合える感情である。それは、人々の分断化と原理主義がこれまでよりはるかに一般化した今こそ最も必要とされる感情である。連帯感は分断化と原理主義の両方に対する解毒剤となる。必ずしも相手と「同一」でなくても、相手を「異質である」と感じなくて済むからだ。
 言葉だけでは言い表せない時、沈黙を貫いたり、大声で叫んだり、暴力に訴えるのは簡単だ。だが、言葉で話し合うことこそ今の我々には必要だ。とりわけ、言葉にしたくないだろうことについて話し合うことが──。
 違いを認めない不寛容さによって戦いに勝つことはできない。違いを認めてこそ初めて互いを尊重し合えるのである。


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# by choyushi | 2015-11-17 14:33 | ニュースに発言 | Comments(0)
『地獄のオルフェウス』観てきました。
『地獄のオルフェウス』観てきました。
こういういわゆる古典演劇って観た事なかったんですけど、一度は体験してみたかったんです。
で、今回久ヶ沢徹さんが出るという事で(多分端役だろうけど)、そのためだけに観に行ってきました。
そんな人は少ないらしく(当たり前)、周りの人たちは皆主演の人がどーとかで盛りあがってました。
すいません、芸能人に疎くて…

久ヶ沢さんの登場シーンは案の定少なかったんですが(ワンシーンだけ…)、でも固いお芝居の久ヶ沢さんが観れてよかったです。まぁ、前回の『最後のサムライ』も真面目な役だったんですが。

さて、『地獄のオルフェウス』とは1940年、アメリカの劇作家テネシー・ウィリアムズが上演した『天使のたたかい』を自ら17年間かけて改訂し、1957年に発表した戯曲。偏見と慣習に囚われた閉鎖的なコミュニティーを舞台に、愛のない結婚をして淡々と生きる女性レイディ・トーランスと自由な青年・ヴァルが出会い、ヴァルの存在によって徐々に人々の欲望が触発されていく様を描く。
なわけですが(コピペ!)、古典演劇の醍醐味とはその難解な内容を解釈していくのも楽しみだと思うんですが、評論家の解説は、「現代人にも不変な云々かんぬん…」で、どれもピンと来ない(そもそもどの辺が不変なのか、納得のいく内容を書いてる人がいない)。

と、いうわけで、私なりに勝手な解釈でこの物語を語ってみようと思います(1回しか観てないくせに大胆な)

この作品、ヒロインが3人いるようだ、と前評判で聞いていたので、三角関係とか四角関係とか、そんなんか?と思ったんですが、実際には町の女性がみな主人公ヴァルに惹かれる、という意味で、ヒロイン・レイディと、心が自由であるがゆえ町からつまはじきにされている女キャロル、そして保安官の奥さんヴィーが主人公を好きになる…というだけなんですね。しかも、この三人は皆知り合いではあるけれど、物語の中ではほとんど絡まない。特に、主人公に関する色恋沙汰ではかすりもしない。恋愛をモチーフにした作品にしては珍しいですね。
実際、キャロルらがいなくても、二人の愛憎劇は描けたはずです。では彼女たちは何のために存在したか?

キャロルは野生児のような娘です。自分の思うがままに生き、周りの目は気にしない。
黒人差別にも真っ正面から反対し、身を痛めつけてでも権力には屈しない。気高く野蛮な魂の持ち主です。
そしてヴァルにこう言います、「この町にいてはいけない。ここはあなたの住む場所じゃない。外に出て自由になるべきだ」と…
そんなキャロルをヴァルは遠ざけようとします。

一方、天の啓示を受けたと言ってがら絵を描き続けるヴィーには、傾倒にも似た感情を抱きます。
どちらも、言動はいささかまともには見えません。にもかかわらず、何故ヴァルはヴィーに惹かれ、キャロルは恐れるのか?

私は、この二人がヴァルの内面を表したキャラクターなのではないかと思うのです。

ヴァルは30になるまで旅を続けてきましたが、そろそろ一所に落ち着こうと考え、この町に来ました。
ヴィーは、町に佇み、神の声を聞き、敬虔な気持ちで生き続けたいと望むヴァルの心そのものです。
ヴァルはヴィーの話を聞いて、それが正しい答えだと、正しい答えはここにあるのだと思うようになっていきます。

一方、キャロルは自由を愛し、旅を勧めます。ヴァルがもう捨てたと言い張る、自由で気侭な旅の生活を。
キャロルは知っているのです。渡り鳥は死ぬまで渡り鳥。決して一所では生きていけない事を。いや、どんなにそれを望んでも、周りが許してくれない事を。
キャロル自身が、自由を求めた末に人々から拒絶され、正気を失う事をよぎなぐされた張本人なのだから。

最も、ヴィーも正気を失っています。それはしょうがない事なのです。地獄に生きる住人は、人を焼き殺して喜ぶ男たちのように鬼になるか、正気をなくした亡者になるしかないのだから…。

レイディも哀れな亡者でした。だから、鬼たちにいじめられるキャロルをかばい、店の中に入れてやり、物を売ってあげていました。しかし、久しぶりに現れた人間ーヴァルーによって、思い出すのです。自分がかつて人間だった事を。
その証が、お腹に宿った子供です。かつて失われた、人間だった頃の証。レイディは狂喜します。私は死神に勝った!

しかし、死神が一度首にかけた鎌を引くわけがありません。死神の凶弾に倒れたレイディ。
でも彼女は幸せだったかもしれません。人間のまま死ねたのだから。



…なんて適当な事を書いてみましたー。
まーこれ、ヴァルはとばっちりですよね。レイディが黙ってたらジェイブも起きてこなかったんじゃないの?とか。
でもレイディにとっては、あの時死んだ方がよかったと思いますけどね。生きて子どもを産んで、ヴァルと一緒になったとしても、ヴァルがもてるのは変わってない上に、レイディはぶっちゃけ女としては終わってるわけだし、そうすると絶対ケンカも絶えなさそう。子供も不義の子っていじめられそうだし…
暗い未来しか思い浮かばない!

ヴァルはキャロルの言う通り、町で落ち着くなんて夢を見ない方がよかったのかもしれないね。
足のない鳥は、死ぬ時しか地上に降りてこないんじゃない。
地上に降りたら殺されるだけなのだ。

さてー、そのキャロルなんですけど、私は一番好きなキャラでした。演じてた水川あさみさんがよかったですね。
ヒステリックでアクが強いキャラなのに、嫌みがない。たまに良い声で喋るからなのか?キャロルの純真さが表れていた気がします。自由の象徴である彼女が、同じくヴァルの象徴である蛇柄の服を持ってどこかに消えるのは、意味深なラストでした。
そういえば、作者のテネシー・ウィリアムズは実の姉が精神病にかかっていたそうです。同じく心の病を負ったキャロルの言葉は、テネシーにとって特別なものだったかもしれません。

逆にレイディの夫ジェイブはこーわかったですねー。
表れるだけで「あっ、悪役」と分かる迫力。ラストで拳銃を片手に出て来た時は「撃つ」と分かっていても「パーン!」ビクウッ!! 皆(私も含めて)一斉に飛び上がってましたw

そしてそのジェイブを看護する看護婦。第二の悪役って感じで小憎たらしかったですね(笑)
この人もちょっとおかしかったですよね。ジェイブがレイディの親を殺した告白を端で聞いていながら、「妻のくせに病気の夫を放っておくなんて」と「常識的な」不貞をなじる…
これでも、現代人によく見る人種だなと思いました。特にネット上に。自分の仕事さえこなしていれば、何を言っても許されると思ってる人種。常識的な善悪だけ振りかざしていれば物事はそれで済むと思っている人種…当人たちの事情は知ったこっちゃないくせに、手前勝手な正義を振りかざして得意面してる人種…。そして、それによって他人の人生を破滅に導いても、無自覚で無神経な人種…。
個人的にはこの人が一番怖かったです。

ジェイブの従兄弟は何のために出て来たのかイマイチ分からなかったなぁ。
ジェイブを心配するようなそぶりで、その実興味は「ジェイブが死んだら資産はどうなるのか」であるらしいんですが、ジェイブが実は皆に嫌われているという表現?
正直、キャロルの兄ディヴィッドもその役割はよくわかりませんでした…(^^;)。
レイディのくさびであるという事はわかる。過去の傷なんですよね。彼がこの町にいるから、町を離れられなかったとか?
「あの人が来ても店に入れないで!」と怒鳴ってた割に、引き止めて昔の話をするし…
ディヴィッドがレイディを振った理由もよくわかりませんしね。父も農園も失って、レイディが一文無しになったから、家族に反対されたとか? 何か裏はありそうですけど。少なくともレイディを嫌いになってとかじゃないんでしょうね。レイディとの事は、ディヴィッドにとっても大事な思い出みたいだったから。
…でも、元カレが出てくる理由が…よくわかんなかった…

古い演劇なんだから、もう少し考察があるかと思ったけどネットでも見つからないし、どっかに論文でも落ちてないかな。映画版を見たらまた何か分かるんでしょうか。


主演二人に関しては、特に言う事ないです。そればっかりは他のブログで書かれている以上の事は書けない。知識も、愛情も。
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# by choyushi | 2015-06-17 09:44 | 作品鑑賞 | Comments(0)
『最後のサムライ』
市原隼人さん主演の『最後のサムライ』の千秋楽を見てきました。

思ったより言葉遣いや時代背景がしっかりしてたなぁという感じです。
若い人の舞台(作る側というより客層的に)というとその辺を凝ってしまうと
伝わりにくくなるのではしょったりする事が多いと思ったんですが、
まぁ最近は歴女とか、腐女子にも詳しい人多いですからね。

とはいえ、そんな人ばかりでもないので、
わからない人にも詳しく説明するためにいた人物が、
医者の先生だったと言う事でしょうか。

ソニンさんは初めて見ましたが、
遊女の癖のある喋り方などしっかり表現してて雰囲気出てました。

辻本さんは片言の役だと聞いてましたが、そんなに片言っぽくなかったですね。
ギャグではないので段々押さえるようにしたんでしょうか。
それでも、片言のシーンと流暢に喋るシーンと使い分けて、
時間軸の違いを表現していたのは上手い演出だなと思いました。

徳山秀典さんの殿は「この人になら付いていきたい」って思わせてくれる
いいお殿様でしたね。

藤尾勘太郎はすごかったですね。あれで28歳ですって!
声だけではなく、雰囲気も「旧体制にしがみつく老害」がよく表現出来ていました。
最後に意見が変わったのを指摘されて狼狽する芝居も良かったなぁ。


さて、この物語は主人公・河井継之助の「失敗」の物語です。
河井の目論みが上手く行っていたら、尊王派の侵攻が長岡、今の新潟県で止まっていたかもしれない。
そうすれば、河井は第二の坂本龍馬と呼ばれていたかもしれません。

では何故河井はその思いを達成出来なかったのか?

別に「こうすれば河井は成功した」という話がしたいのではありません。
河井はそれまで常に二手、三手を考え、一つ失敗しても立て直しが効くように配慮していた。
誠に聡明な人物であったと言えるでしょう。
それが何故小千谷談判は失敗したのか?

その理由は「山縣有朋か黒田清隆に直談判出来なかった事」
「代わりにいたのが岩村精一郎だったこと」だろう。

会談の際に、最高指揮官(その時は北陸道鎮撫総督府として
山縣と黒田が就いていた)と直接会談するのは基本。
それ以下の者が決定する事は出来ないし、あってはならない。
岩村精一郎なんてただの軍監、いわば中間管理職やしね。
戦闘を指揮するのが仕事であって、決して戦争に関する決定権はないわけで。
もちろん本当なら河井の意見、もしくは身柄は保留しておくべきなのだが、
それがなされなかったのも河井の不運でしょう。


なお、小千谷談判を台無しにした岩村精一郎は、
日本学者のドナルド・キーンにすら「無能で横柄な男」と評されている。
木戸孝允ら長州人も「キョロマ(軽率で無思慮という長州方言)」と言っていたそうな。
岩村自身、自伝でこの時の事を「途中で従うようになった
信州各藩の家老は平凡な人材ばかりで、河井についても
経歴・人物を知らなかったため、時間稼ぎをしているだけだと思った」
等と情けない言い訳を吐露しています。
今回の悪役として申し分ない人物だったと言えましょう。

ちなみに、山縣有朋が小千谷の新政府軍本営に着いた際、
岩村は贅沢な朝食を地元の娘に給仕させており、
激怒した山縣は土足のままその膳を蹴り上げたという逸話が残っています。
日露戦争のその時も「一介の武弁」を貫き通した山縣としては
そりゃ許せなかった事でしょう。

その山縣を演じた久ヶ沢徹さんは、今回も見応えのある演技でした。
最初はスネルの言動に翻弄される立場でしたが、岩村を叱責するシーン、そしてその後の
「斯く成る上は、勝たせてもらう」からの迫力は震え上がりました。
下座の席に座りたかった…


【出演】
市原隼人
徳山秀典 中村誠治郎 阿久津愼太郎 オレノグラフィティ(劇団鹿殺し) 
猪野広樹・小林豊(BOYS AND MEN)(Wキャスト) 山内圭輔(Wキャスト)
岡本玲 /辻本耕志(フラミンゴ) 永島敬三 藤尾勘太郎(犬と串)/久ヶ沢徹/ ソニン
ホリユウキ(犬と串) 萩原達郎(犬と串) 板倉武志(犬と串) 木村まこ 松本優希


【スタッフ】
脚本:岡本貴也
演出:イヴァン・キャブネット
企画・製作:メディアミックス・ジャパン

【公演日程】
劇場:天王洲 銀河劇場
2015年3月4日(水)〜3月15日(日) ※全16公演

チケット代、S席で8,500円。高いっ!
でもバレンタイン&アメスタ特典で購入して7,500円にしました。
ありがたや。ちゃんと公式はチェックしておくべきやね。


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# by choyushi | 2015-03-17 16:16 | 作品鑑賞 | Comments(0)
KKP#006 TRIUMPH(2010-12)
※ネタバレの内容を含みます。ご注意ください。
鑑賞日記についての諸注意

「トライアンフ!僕は君にも魔法をかけたぞ!」

コント + イリュージョン = コンティリュージョン だそうです。

この作品は賛否両論ですね。
そしてどれも理解出来ます。

でも「否」の意見のほとんどは、名作『TAKE OFF』の後だったという不幸が一番の原因な気がします。
あれと同じのを望むのは酷ってもんだ…。
あと、今回のお話は舞台的にも「絵本」のようなものだったので、大きなお友達には物足りなく映ったのかもしれない。『うるう』と同じ頃なら違和感なかったかも。

「説教臭い」という感想もありましたが、これから後のKKPはむしろそれが標準路線になっていってますね。
実際、良い事言ってると思います。
「生まれつき才能のある人や環境の整っている人だけが成功できるってあなた言ったわよね。
それ、はっきり言って違うから。確かにお金持ちでその上に大成功を収めている人はいるわ。
でもその人がそこにいるのは、恵まれていたからじゃない。その人が頑張ったからよ!」
「誰かに何かしてもらおうなんて思ってる奴は、誰にも何もしてやれない」
「結果が出るまでの時間は人によって違う。大事なのは、このひまわりが生きるのを止めなかったということだ」

ただなぁ…。
これはやっぱり小林賢太郎が女性の造形が苦手なのだと確信するところなんですが、森谷ふみさん演じるメイドさんの口が悪い。「お前」て。「貴方」かせめて「あんた」でしょ。カフカに対して色々指摘するのは良いんですが、「まず自分の口の聞き方どうにかしろ」と思ってしまいました。

さて、今回のお芝居の最大の特徴である「マジックショー」ですが。
芝居、コントに乗せてマジックをする。これはなかなか大変だと思います。
何故かというと、マジックショーはテンポが命だから。もたもたしてると「その間にネタを仕込んでるんでしょ?」とバレる。ネタは分からなくても、とにかく「種も仕掛けもあるんだろうな」と思われてしまう。マジックなんだから種も仕掛けもあるのは分かりきっているけれど、それでもなお「種も仕掛けもないように見える」のがマジックの醍醐味なのですから。
でも、じゃあ、マジックショーのテンポでお芝居をすれば良いかと言えばそういうわけでもない。早すぎれば今度は「芝居を把握」できなくなってしまうから。
ポツネンなどに見られたような、要所要所でポイントを縛った手品なら巧く出来たでしょう。でもきっと、もっと大きなイリュージョンを使ってみたかったんでしょうね。

そんなわけで、多くの人が指摘している「芝居としてもマジックショーとしても中途半端だった」のは一理あると思います。
でも、だ。今回の芝居を経験値として、いつかもっと完成度の高いコンティリュージョンを作り上げそうな気がする。小林賢太郎には、客にそう思わせる期待感がある。
つうか、今10作目を発表した後でこれを書いてるんですが、「ここはもっとこうだったら良いのに」とか「これってこうならなかったのかな?」というのを、後の作品でちゃんとやってる事が多々あるんですよね。実際、書割道楽は次の『ロールシャッハ』に活かされていたと思う。

観客がこれは芝居か?コントか?とやってる間に、小林賢太郎はさっさと次のステージに行ってしまうのではないか。
物語の中では小林賢太郎演じるカフカが「何やっても成果が出るのが遅すぎる」という設定でしたが、取り残されているのは我々かもしれませんよ。

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感想は以上ですが、
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# by choyushi | 2015-02-13 15:09 | 作品鑑賞 | Comments(0)