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『地獄のオルフェウス』観てきました。
『地獄のオルフェウス』観てきました。
こういういわゆる古典演劇って観た事なかったんですけど、一度は体験してみたかったんです。
で、今回久ヶ沢徹さんが出るという事で(多分端役だろうけど)、そのためだけに観に行ってきました。
そんな人は少ないらしく(当たり前)、周りの人たちは皆主演の人がどーとかで盛りあがってました。
すいません、芸能人に疎くて…

久ヶ沢さんの登場シーンは案の定少なかったんですが(ワンシーンだけ…)、でも固いお芝居の久ヶ沢さんが観れてよかったです。まぁ、前回の『最後のサムライ』も真面目な役だったんですが。

さて、『地獄のオルフェウス』とは1940年、アメリカの劇作家テネシー・ウィリアムズが上演した『天使のたたかい』を自ら17年間かけて改訂し、1957年に発表した戯曲。偏見と慣習に囚われた閉鎖的なコミュニティーを舞台に、愛のない結婚をして淡々と生きる女性レイディ・トーランスと自由な青年・ヴァルが出会い、ヴァルの存在によって徐々に人々の欲望が触発されていく様を描く。
なわけですが(コピペ!)、古典演劇の醍醐味とはその難解な内容を解釈していくのも楽しみだと思うんですが、評論家の解説は、「現代人にも不変な云々かんぬん…」で、どれもピンと来ない(そもそもどの辺が不変なのか、納得のいく内容を書いてる人がいない)。

と、いうわけで、私なりに勝手な解釈でこの物語を語ってみようと思います(1回しか観てないくせに大胆な)

この作品、ヒロインが3人いるようだ、と前評判で聞いていたので、三角関係とか四角関係とか、そんなんか?と思ったんですが、実際には町の女性がみな主人公ヴァルに惹かれる、という意味で、ヒロイン・レイディと、心が自由であるがゆえ町からつまはじきにされている女キャロル、そして保安官の奥さんヴィーが主人公を好きになる…というだけなんですね。しかも、この三人は皆知り合いではあるけれど、物語の中ではほとんど絡まない。特に、主人公に関する色恋沙汰ではかすりもしない。恋愛をモチーフにした作品にしては珍しいですね。
実際、キャロルらがいなくても、二人の愛憎劇は描けたはずです。では彼女たちは何のために存在したか?

キャロルは野生児のような娘です。自分の思うがままに生き、周りの目は気にしない。
黒人差別にも真っ正面から反対し、身を痛めつけてでも権力には屈しない。気高く野蛮な魂の持ち主です。
そしてヴァルにこう言います、「この町にいてはいけない。ここはあなたの住む場所じゃない。外に出て自由になるべきだ」と…
そんなキャロルをヴァルは遠ざけようとします。

一方、天の啓示を受けたと言ってがら絵を描き続けるヴィーには、傾倒にも似た感情を抱きます。
どちらも、言動はいささかまともには見えません。にもかかわらず、何故ヴァルはヴィーに惹かれ、キャロルは恐れるのか?

私は、この二人がヴァルの内面を表したキャラクターなのではないかと思うのです。

ヴァルは30になるまで旅を続けてきましたが、そろそろ一所に落ち着こうと考え、この町に来ました。
ヴィーは、町に佇み、神の声を聞き、敬虔な気持ちで生き続けたいと望むヴァルの心そのものです。
ヴァルはヴィーの話を聞いて、それが正しい答えだと、正しい答えはここにあるのだと思うようになっていきます。

一方、キャロルは自由を愛し、旅を勧めます。ヴァルがもう捨てたと言い張る、自由で気侭な旅の生活を。
キャロルは知っているのです。渡り鳥は死ぬまで渡り鳥。決して一所では生きていけない事を。いや、どんなにそれを望んでも、周りが許してくれない事を。
キャロル自身が、自由を求めた末に人々から拒絶され、正気を失う事をよぎなぐされた張本人なのだから。

最も、ヴィーも正気を失っています。それはしょうがない事なのです。地獄に生きる住人は、人を焼き殺して喜ぶ男たちのように鬼になるか、正気をなくした亡者になるしかないのだから…。

レイディも哀れな亡者でした。だから、鬼たちにいじめられるキャロルをかばい、店の中に入れてやり、物を売ってあげていました。しかし、久しぶりに現れた人間ーヴァルーによって、思い出すのです。自分がかつて人間だった事を。
その証が、お腹に宿った子供です。かつて失われた、人間だった頃の証。レイディは狂喜します。私は死神に勝った!

しかし、死神が一度首にかけた鎌を引くわけがありません。死神の凶弾に倒れたレイディ。
でも彼女は幸せだったかもしれません。人間のまま死ねたのだから。



…なんて適当な事を書いてみましたー。
まーこれ、ヴァルはとばっちりですよね。レイディが黙ってたらジェイブも起きてこなかったんじゃないの?とか。
でもレイディにとっては、あの時死んだ方がよかったと思いますけどね。生きて子どもを産んで、ヴァルと一緒になったとしても、ヴァルがもてるのは変わってない上に、レイディはぶっちゃけ女としては終わってるわけだし、そうすると絶対ケンカも絶えなさそう。子供も不義の子っていじめられそうだし…
暗い未来しか思い浮かばない!

ヴァルはキャロルの言う通り、町で落ち着くなんて夢を見ない方がよかったのかもしれないね。
足のない鳥は、死ぬ時しか地上に降りてこないんじゃない。
地上に降りたら殺されるだけなのだ。

さてー、そのキャロルなんですけど、私は一番好きなキャラでした。演じてた水川あさみさんがよかったですね。
ヒステリックでアクが強いキャラなのに、嫌みがない。たまに良い声で喋るからなのか?キャロルの純真さが表れていた気がします。自由の象徴である彼女が、同じくヴァルの象徴である蛇柄の服を持ってどこかに消えるのは、意味深なラストでした。
そういえば、作者のテネシー・ウィリアムズは実の姉が精神病にかかっていたそうです。同じく心の病を負ったキャロルの言葉は、テネシーにとって特別なものだったかもしれません。

逆にレイディの夫ジェイブはこーわかったですねー。
表れるだけで「あっ、悪役」と分かる迫力。ラストで拳銃を片手に出て来た時は「撃つ」と分かっていても「パーン!」ビクウッ!! 皆(私も含めて)一斉に飛び上がってましたw

そしてそのジェイブを看護する看護婦。第二の悪役って感じで小憎たらしかったですね(笑)
この人もちょっとおかしかったですよね。ジェイブがレイディの親を殺した告白を端で聞いていながら、「妻のくせに病気の夫を放っておくなんて」と「常識的な」不貞をなじる…
これでも、現代人によく見る人種だなと思いました。特にネット上に。自分の仕事さえこなしていれば、何を言っても許されると思ってる人種。常識的な善悪だけ振りかざしていれば物事はそれで済むと思っている人種…当人たちの事情は知ったこっちゃないくせに、手前勝手な正義を振りかざして得意面してる人種…。そして、それによって他人の人生を破滅に導いても、無自覚で無神経な人種…。
個人的にはこの人が一番怖かったです。

ジェイブの従兄弟は何のために出て来たのかイマイチ分からなかったなぁ。
ジェイブを心配するようなそぶりで、その実興味は「ジェイブが死んだら資産はどうなるのか」であるらしいんですが、ジェイブが実は皆に嫌われているという表現?
正直、キャロルの兄ディヴィッドもその役割はよくわかりませんでした…(^^;)。
レイディのくさびであるという事はわかる。過去の傷なんですよね。彼がこの町にいるから、町を離れられなかったとか?
「あの人が来ても店に入れないで!」と怒鳴ってた割に、引き止めて昔の話をするし…
ディヴィッドがレイディを振った理由もよくわかりませんしね。父も農園も失って、レイディが一文無しになったから、家族に反対されたとか? 何か裏はありそうですけど。少なくともレイディを嫌いになってとかじゃないんでしょうね。レイディとの事は、ディヴィッドにとっても大事な思い出みたいだったから。
…でも、元カレが出てくる理由が…よくわかんなかった…

古い演劇なんだから、もう少し考察があるかと思ったけどネットでも見つからないし、どっかに論文でも落ちてないかな。映画版を見たらまた何か分かるんでしょうか。


主演二人に関しては、特に言う事ないです。そればっかりは他のブログで書かれている以上の事は書けない。知識も、愛情も。
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by choyushi | 2015-06-17 09:44 | 作品鑑賞 | Comments(0)