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液晶画面の向こうには
浜崎あゆみさんに暴言したファン、ツイッターでフルボッコに

このニュースとは直接関係ないことですが、
最近考えていたことが浮き彫りになった形なので
自分の覚え書きとしても書いておきたいと思います。

会話は人下と人間をつなぐコミュニケーション。
そしてそれの延長線上にあるインターネットというのは
さらに遠くの人とも意思疎通出来る素晴らしい道具だと思います。

知るはずの無かった方と知り合え、
マイナーな趣味でも分かち合う友を得(笑)、
人生の伴侶すら見つけ出すことが出来ます。

その一方で、考えなしに暴言を吐き、
人を不快にさせ、自らも敵を作ってしまう人がいます。

この人も、オフラインの身内だけで、それも口頭だけで
「こないだあゆに音楽関係の話つぶやいたのに返事くれないのーチョームカツクー」
と愚痴でもすれば、こんなことにはならなかったはずです。
そして次の日には何も無かったかのようにあゆのファンを続け、
つぶやき続けたのだと思います。

何がいけなかったのかと言うと、
ちょっとした想像力と、配慮が足りなかったということでしょう。
それは日頃の人間関係ですら実行するのが難しい事でもあります。
この言葉を言ったら傷つくんじゃないか、他に言い方は無いのか、
タイミングはどうか、電話の方が良いのか手紙が良いのか…
常に色々考えつつ、私たちは発言し、相手との意思疎通を図っているはずです。

インターネットだと、気軽であるとか、相手が見えないという理由で
その辺の配慮が疎かになってしまいがちです。
オフラインでしっかりした人でも、その辺のことを忘れてしまう人がいます。
特にmixiなどのSNS系は「表示範囲に守られている」という意識が働くのか
痴話げんかや鬱日記、果ては殺人予告までしてしまう始末です
(殺人予告をするマイミクはいないので、そういう人が表示範囲を設定しているのか
全体表示にしているのかは知りませんが…)。

ネットに書き込んだ以上、それは半永久的にそこに留まり、
どこまでも無限に広がる可能性を含んでいます。

例えば私が今ここでダウナーな内容を書いてしまえば、
それは来年にも再来年にも残り、遠い未来で見た読者の人に
「こいつはこんなことを考えているのか」と思われてしまっても仕方が無いのです。
後に改心して、そんな気持ちをなくしてしまったとしても。
仮にその書き込みを消したとしても、誰かがデータを復活させたり、
スクリーンショットやコピーを残しておいたりしたら…。

ツィッターやつぶやき機能により、私たちはさらに気軽に
インターネットで発言をするのが容易になりました。
それはしかし、決して自分の発言に責任を持たなくていいということではなく、
さらに気をつけて自分の発言を見直さなくてはいけないということに他なりません。

昔、ビートたけしさんが事件を起こしたとき、
タモリさんに報道陣が「何と声をかけるのか」質問した所
「友達なんだから話すことは直接会って話す。個人の会話を、校内放送するつもりは無い」
というようなことを言ったそうです。
まさにその通りで、実はTVもネットも変わらないのです。

「今日マジ鬱」「あたまいたーい」「○○にこんなことされた。死ねば良いのに」
そんなことを、自分では限られた範囲の人間に言ってるつもりでも、
本当はメガホンを持って、町中に叫んでいるのと同じことなのです。
そういった想像力をちょっと働かせて、自分の発言が不特定多数の人間に
どう映っているのか、一度立ち止まって考えるクセを付けることが必要だと思います。


ちなみに、私はこんな糞真面目なことを、糞真面目な文体で語っていることを
リアル友に見られたらと思うと恥ずかしくて仕方ありません(*ノノ)(←ダメじゃん)
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by choyushi | 2010-09-30 18:34 | ニュースに発言 | Comments(0)