ふるさと
毎度おなじみ十三のナナゲイに映画を見に行きました。『ナージャの村』というドキュメンタリー映画です。
舞台はチェルノブイリ。の、原発事故により立ち退きを要請された小さな村。もとは600世帯近くが住んでいた村ですが、住人の多くは立ち退きをした中で、6世帯は政府の退去勧告を頑なに拒み、今なお住み続けている……というお話。
原発事故で立ち退きを要請されているとは、当然放射能による被爆が心配されての事です。被爆の恐怖にもかかわらず、何故彼らは故郷を捨て新天地で生きる事を良しとしないのか?
村の老人の一人が言ったと言う。「人間が汚した土地なんだよ。ここから逃げ出してどうするんだ」。それは果たしておろかな同胞の行いに報いる自然への謝罪の気持ち、それだけなのだろうか……

つい先日、『送還日記』という映画もこれまたナナゲイで見ました。
北朝鮮の工作員、いわゆるスパイの話です。彼らは南(朝鮮)へ潜入し、捕らえられ、30年もの長きに渡り獄中生活を余儀なくされました。釈放後、身を寄せる場所もなく、北朝鮮へ帰ることも出来ない老人たち。キム・ドンウォン監督は彼らと同じ町に住まい、彼らの生活をフィルムに収めます。
北朝鮮への飽くなき憧憬と羨望に戸惑いながらも、自分の子供たちを孫のように可愛がってくれる彼の姿に情の移るのを感じる監督。いつしか彼らを北に送還させる為の運動に力を添えるようになります。
彼らは北に帰ることを強く望みます。たとえ国境を越えることが困難でも、たとえ北朝鮮で食料が不足し、餓死者が多く出ても、彼らの意思をくじく事は出来ません。かえって帰参への願いを強くする一方のようでした。
何故、そこまでして北に帰りたいのか?
そこに家族がいるから、キム・イルソンを敬愛しているから。それも確かに理由のひとつかもしれませんが、彼らはただただ、そこが自分の「生まれ故郷だから」ということのみで行動しているように思えました。
映画の最後で、ボランティアの一人が「人間にとって、故郷に帰るということは人生の目的なのかもしれない」ということを言いました。すいません詳しい言い回しは忘れましたが、とにかく「ふるさとに帰る」このことだけが彼らを生き長らえらせ、突き動かしていったのは確かなように感じます。
それが、人間の一大プロジェクトであると言う言葉にもなんとなく納得できるような気がするのです。

ナージャの村の人たちも、「人間は生まれた場所で生きてゆくべき」と、かたくなに故郷を捨てる事を拒んだ。それは何故か? 故郷に対する誇り、愛着、意地……それだけでは説明できない頑なさと、自信がそこには漲っていた。歌うたいは歌った。「天国はいらない、故郷を与えよ」と。
人間はどこから来てどこへ行くのか……とは永久不変のテーマだけれど、そのひとつの答えがここにあるのかもしれません。自分が生まれた大地とともに生き、そこに帰る事。帰る場所があるということ、そこを守ると言う事……。それが人間というもののひとつの答えなのかもしれません。


さて、ついでのように書くのは気が引けますが、チェルノブイリの原発事故は人事のように捉えることは出来ません。
日本の電気はそのほとんどが原子力発電によって賄われています。つまり、原発の危険性は私たちの身近でも当然存在することなのです。
青森にある六ヶ所村の核燃料再処理施設から1日に出る放射能の量は、原発から出る量の一年分に相当するそうです。
あまり知られていないことなので、坂本龍一氏が中心となり、この問題を世に問うプロジェクトが始動したそうです。
坂本龍一氏は、『ナージャの村』の続編『アレクセイと泉』の音楽を手がけています。坂本氏が、チェルノブイリとナージャやアレクセイの村の悲劇を脳裏に浮かべつつこのプロジェクトを始動したのは想像に難くありません。
(ナージャの村の悲劇とは、ナージャたちの住んでいた村の人間が老衰や病気でどんどん亡くなっていき、そのうち廃村となってしまうこと。)
チェルノブイリでの事故を、また原爆の時のような悲劇を、私たち日本人が犯すような事があってはいけないと思うのです。自分の故郷を、自分たちの手で汚すような事があってはいけないと。
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by choyushi | 2006-05-20 01:39 | 特撮とぬいぐるみ | Comments(8)
Commented by tamakiti at 2006-05-20 10:26 x
おひさしぶりぶり。原発って経済的に見えて、セキュリティとかリスクとか考えると、ものすごく不経済なんじゃないかなー?結局、風力とか太陽発電とか、その他色々、地球にやさしいエネルギーの方が、長い目で見て、お得なのにねー。人間の寿命が100年もないから長い目で見られないのかなー?
Commented by DrKrain at 2006-05-20 19:09
>ナージャの村の人たち
人間の責任...そこまででかい発想は、自分にはないです...
毅然として生きる...憧れちゃいますよ...
でも...きっと、出来ないだろ~なぁ...

発電対コストで、一番効率的なのは、自家発電なんだそうですよ~...
現在は、電力のほとんどが電線に取られちゃうそうですから...
では...なぜ...世の中がそうならないのか...
大人の事情が見え隠れしちゃいますねぇ...

原発...私は全面的に反対ではないのですが、
六ヶ所...アレはやばいな~と常々思っております...

一応...私も原発関連の記事...書いたことあるんですよ~...
...と言うわけで、宣伝させてください...
http://drkrain.exblog.jp/877042/
http://drkrain.exblog.jp/1725720/

う~ん...昔はマジメだったなぁ...(ネコ被ってたなぁ...)
Commented by 一番星 at 2006-05-21 01:45 x
ウチの地元も原発のお膝元なんですよ。
海を見れば、そこに原発がそびえ立っております。

建設前は隣町の我が町は反対活動。
一方、当事者の隣村は財政的に潤うので反対活動はナシ。
実際問題、隣村は原発のおかげで生き返った村なんです。
ただし、安全面での感覚が鈍ってきてるのがコワイ。

我が地元は財政的にも安全面でも何の得もしない状況。
地震来た時とか、やっぱ怖いですねえ。
原発があってもみんなフツ~の暮らしするしか無いんだもんなあ。
ある意味ではあきらめの境地に入ってるのかもしれません。

Krainさんとも直接このおハナシしました~。
確かに六ヶ所の試みは日本で初めてだけになんか気がかりです。
Commented by reiko_06sp at 2006-05-21 08:57
原発とは関係のない話で恐縮ですが、ずっと読んで淡路島の人が島を離れない、、という話を思い出しました。活断層があって非常に危険とわかっていても、そこが故郷であるため、動けないというわけなんだそうです。私もそろそろ実家へ戻りたくなってきました(帰省じゃなくてね)
Commented by choyushi at 2006-05-22 10:19
> tamakiti様
国家百年の計などと言いますが、今の政府はどう見ても10年後のことすら見えていない。見ていないと思います。今の自分(国じゃなくて)を維持するのに必死で、今さえ良ければいいと言う風潮。一般の若者がこういう考え方なのは仕方がないとしても、多くの命を預かる人たちがそんな事では困りますね。需要に振り回されて本質を見失っているようじゃ……。
Commented by choyushi at 2006-05-22 10:42
> DrKrain様
そうか、DrKrainさんは診療放射線技師でしたね。エントリ、興味深く読ませていただきました……が……多分半分も理解出来てないorz

>人間の責任

私も正直、映画の冒頭に出て来る老人の言葉「人間が汚した大地だから、同じ人間として逃げ出す事は出来ない」という言葉に衝撃を受けました。汚したのは「自分」ではないのに。この老人は農村の一集落の中にいながら、ずっと高い所から物事を考えていると思いました。

>発電対コストで、一番効率的なのは、自家発電なんだそうですよ〜...

そうなんですか。ということはTV見る度に自転車こいで……発想が貧弱すぎるな、自分。そういえば太陽光発電をウリにした物件を扱った事があるんですが、あれはどうなんでしょう。自分の家の発電にも使えるし、あまった電力は電力会社に売れるから小遣い稼ぎにもなるよ!ってヤツ。
Commented by choyushi at 2006-05-22 13:04
> 一番星様
日々の生活の中で電気を使い過ぎないようにと言われますが、夜景とか見てると今さらどうしようもないところまで来てるのかもしれないと思いますね。私一人だけ節約してもしょうがない……みたいな。
いつか死ぬ時の事より今の生活という感じなんでしょうか。本人はそれで良くても、世界はずっと続いていって、自分の子孫たちにそのツケがまわってくるはずなんですが……

>実際問題、隣村は原発のおかげで生き返った村なんです。

原発のある地域って、その周辺がどんなに過疎化されてても、その一画だけ異様に道路が整備されてたり(笑)、別世界になってるみたいですね。
Commented by choyushi at 2006-05-22 13:11
> reiko_06sp様
生まれた場所というのは、そこがどういう土地にもかかわらず、人間にとって特別な場所なんですね。こういう話を聞くと強くそう思います。


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