シンゴジラから考えるオマージュと文化についての考察
シンゴジラ、面白かったですね。
面白かったというか、素晴らしかったです。

さて、こんな素晴らしい映画でもイチャモンをつける輩がいます。
私は自分が好きな作品の批判を見るのが結構好きです。
批評ではなく、批判ね。なぜかというと、自分とは違う視点を知れるから。
それをしたところで自分の「良い」は崩れません。前評判として聞いてしまうとまたちょっと違いますが。

で、シンゴジラも色々批判を見ましたが、今回は見るべき批判はありませんでしたね。
イチャモン、好みの域を出ていない。「こうした方がよかった」という意見には、「なるほど」と思えるだけの説得力が必要です。が、ことシンゴジラの「こうした方が〜」には、「お前、ホンマにそんなん見たいんか?」とか「改悪にしかならんやろ」みたいな意見しか見当たりませんでした。

特にクリエイターの批判に至っては、もはや「あいたたたあ」な意見ばかり(最上和子の批判は押井守がドロップキックをかましてでも止めるべきだった)。
だいたい、商業的に結果を出してる作品に対して批判をするって、「私は大衆の好みが理解できません」と公言してるようなものです。

そういう意味では、島本和彦は見事だった。
早々にあの映画を認めたということ、何より
「いや、あのシン・ゴジラの素晴らしさがわかると言う事は俺もまだまだイケてると言う証拠‼︎」というツイート。

余談ですが、私はストーリーテリングにおいては庵野監督より島本先生の方が上だと思ってます。
アオノホノオよりワンダービットやバトルフィールドの方が好きなんですが、
島本先生こそ長編映画の脚本に向いてるのでは?

さて、批判…というほどではありませんが、批評の一つに「まるっきりエヴァだ」とか「踊る大走査線だ」という意見がありました。
「音楽がエヴァだから気に食わない」という意見には私は賛同しません。他人の作品を持ってきたのならともかく、なんで本人の作品を持ってきて批難されるいわれがあるのでしょう?

逆に、「岡本喜八を継承している」「市川崑を彷彿とさせる」と、肯定的な意見としてオマージュを賞賛している意見もありました。
ここからが本稿の主題です。パロディとオマージュについて。

文化という言葉があります。
アニメや漫画は日本の文化だと言われるようになってきました。
当のアニメーターや漫画家は、文化と呼ばれるのを好まない人が多いようです。
庵野監督ご自身も、松尾スズキとの対談(第三の役立たず)にて「文化って言葉は嫌いなんだけど」と言っていました。

さておき、文化とはなんでしょう。
goo国語辞書には「間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。」とありますが、もっとミニマムに、等身大の視点で考えてみると、私は「知識の継承」だと思っています。

昔誰かがしたことを、次の世代に残す。それはやがて伝統と呼ばれるものとなります。
しかしちょっと待ってほしい。なぜそれは継承されるのか?

庵野監督は岡本喜八さんの映画を何百回と見て、畳み掛けるようなカット割りを自分のものとしました。
でもそれは、別に岡本喜八さんのまねをしようとしたわけではないでしょう。
単純に、そのカット割りが気持ちがいいから。自分が好きだから。そして、それを見た視聴者も喜んでくれるから。それにつきるのではないでしょうか。

自分が体感した気持ちのいいものを、他の人にも知ってもらいたい。後の世にも残していきたい。
それこそがオマージュの最初の一歩だと思います。
今の人に、いくら作品が良いとはいえ「岡本喜八さんの映画を見ろ!」「市川崑くらい勉強しとけ!」というのは無理があると思います。その道を目指すなら言われてもしょうがないでしょうが、プロにだけ通じれば良いというものではありません。せっかく先人が優れた手法を残しても、下手をすれば錆びてくるし、悪くすると忘れ去られてしまうからです。

だから、新しい作品で使い続ける。世間に認知されるのが一番大切なことなのです。

ここで邪魔になるのが、半可通です。
自分は既にその手法を知っているから、古い技術だと思って排他しようとする。
「オワコン」「パロディ」などという言葉を使ってその技術を殺しにかかる。
本人にその自覚がないだけに厄介です。

漫画やアニメは確かに文化なのでしょう。
誰かが気をつけて守っていかなければ、廃れるか粗悪品が量産されるだけです。
それは、特撮の現場にはもうすぐそこまで迫っている事実なのです。

数年前に庵野監督が手がけた「特撮博物館」。
あれこそまさに特撮技術の継承を願って開催されたものです。
ここで庵野監督は真摯な願いを口にしています。
「価値を感じない人には粗大ゴミに見えるかもしれないけど、僕は文化遺産だと思う。国もアニメやゲームだけでなく、(特撮に)お金を回してほしい」

文化とはなにか。
私は、その時代その時代で人々が、クリエイターが命を削って作り上げた芸術品、そしてそれを愛する心、残していきたいと祈る思いのことだと思います。


さて、それでは最後に、冒頭に挙げたようなくだらない批判とは違い、
一歩進んだ、いや一層深みを増した、読み応えのあるシン・ゴジラ考察をいくつか紹介して終わりとします。

聖地巡礼がしたくなった。
いろんな考察を見てきたけど、「ゴジラははたして食えるのか。」という衝撃的な一文が見れたのはこれが初めてだ。
専門的なことが書かれていてさっぱりですが、実際の曲のリンクを貼ってくれている親切仕様。
病的なまでの破壊の美学の追究
内閣府防災勤務の霞が関の中の人。
最後のオチはずるいw
右側の目次からその他の項目も。

おまけ。

おまけのおまけ。
これも科学館に行きたくなる。
私はこれを読んで、シンゴジラを観に行く気になりました。
説得力のある「シン・ゴジラ」論。
「「シン・ゴジラ」公開記念特集 鈴木敏夫、庵野秀明を語る」に「あるとき「特撮映画を作りたい」と言われたことがありまして。関係者が集まっていろいろ議論をしたんですけど、結局破綻するんですよ。まあ庵野の責任だと思うんだけど、うまくいかなくて。」って書いてたけど、本当だったんだなぁって…
やっぱり、いろんな意味で前例を壊した作品だったんだな。作中では各部署の人間が気兼ねなく発言して連携して対策に乗り出す、というシーンがあるけど、映画界、日本そのものもそうなって行ったらいいと思う。

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by choyushi | 2016-08-18 17:27 | 特撮とぬいぐるみ | Comments(0)


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