KKP#003 PAPER RUNNER(2004)
※ネタバレの内容を含みます。ご注意ください。
鑑賞日記についての諸注意


「プロになるということは、腹をくくるということでもあるんですよ」

面白い作品は「もうごちゃごちゃ言うつもりはないから、とりあえず観ろ!面白いから!」と言えるんだけど、そうじゃない作品はどうしてもあれこれ「面白くないと“感じる”原因」を考えてしまう。
そう、私が「面白くない」と感じているのはあくまでも「私の感性がそこにマッチしなかった」というだけのことであって、万人が私と同じように「面白くない」と感じるはず、とは思っていません。

また、「これは芝居だ」とか「コントではないので」みたいな考察をしている人もよく見かけるんですが、そういう理由ってどう意味があるのか分かりません。芝居だから面白くなくても良いというわけではないだろうし、笑いが起こらなくても「面白い」芝居は当然あるし、なにより小林賢太郎自体コントや芝居の枠を超えたものづくりをしているように見受けられるので、見てる方がその辺をくくっちゃうのはどうかな、とも思う。

さてPAPER RUNNER。
やっぱ最大の「面白くない理由」は、キャラクターに魅力がない事だと思うんです。
例えば主人公の渦巻。たまに良いことを言うけど、基本的にイライラする言動が目立ちます。トマトと西が渦巻に共感する理由がさっぱりわからない(「あの人何も教えてくれない…」と羆にお願いするシーンの方が共感出来る)。
正社員への登用を断るシーンも、1回だけならまだしも2回も繰り返すと「もういいよお前いらない」って気分になる。いくらラッキーボーイだからってねぇ…
それとヒロインのマチ。ラブコメといえば主人公と喧嘩ばかりだけど、本気で喧嘩しちゃいかんと思う。ラブコメの喧嘩の基本は、本人たちがどうであれ、周りから見たらいちゃついてるようにしか見えないことなんだから。
だからマチが「ごーらー!」って怒鳴るシーンをあれだけ怖く描いてしまったらダメなんだ。「あぁん!?」ってすごませたらダメでしょ。怖いし…。

もう一人の主人公トマトや、「主人公のライバル」羆はこの二人ほどではないが、感情移入しにくいキャラクターなのは同じ事だ。マチに好かれたいならもっと他にやり方あるでしょ…。
トマトはまだ観客に近い立ち位置だが、イマイチ魅力に欠ける。
その他のキャラクターは可もなく不可もないのだが、そうすると「何のためにいるのかよくわからない」。
この作品はそもそも「漫画のセオリーにキャラクターを当てはめる」という手法で描かれているのだが、空いてるポジションにキャラクターを挿入しただけで必然性が感じなくなってしまっている。これなら全編アドリブの方が良かったかもしれない。

しかし逆に、これ以降のKKP作品では適材適所に人物が配置され、無駄がなくなっている。この辺は小林賢太郎自身もそう感じていたのだろうか?だとすれば私がここであれこれ書くのは愚の骨頂以外何物でもないが、そもそもそんな事は最初から分かりきって書き始めたので最後まで書く。

劇中、中盤くらいにトマトが「これは編集部で起こってる出来事なんです!」と漫画を完成させるが、いっそのことこれを落ちに持って来た方がよかったのではないか。実は私たちが見ていたお芝居は、漫画の世界のお話だったのだ!みたいな。
って、それって後の某作品に反映されることになるんだろうか。
うーん、結局これって小林賢太郎の試作ってこと?

ところで、前2作で個性的なしゃべり方だった村岡さんが、今回は普通だった。これは個性的な渦巻と差別するためか?いずれにせよ、編集長がしっかりした人物(考え方もしゃべり方も)として描いたのは良かったと思う。これで編集長まで鬱陶しかったら、さらに魅力半減だったろう。

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by choyushi | 2015-02-06 17:27 | 作品鑑賞 | Comments(0)


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